「愛惜」ということ

今朝の神戸も雨が降っています。

今年に入ってから雨の日曜日が多いように思います。

梅雨時期だから今時分は仕方ない

ところもありますが、

カラッと晴れた週末のほうが、

行楽地も人出増え景気もよくなると思いますんで、

梅雨明けが待たれます。

今日は「愛惜」という言葉についてです。

まず、読み方は「あいせき」と読みます。

同じ読み方で「哀惜」という類義語もあります。

意味は

1.人や物を大切にすること、深く愛すること。

2.愛するものを失うことを名残惜しむ意味。

です。

(ちなみに「哀惜」は「人の死などを悲しみ惜しむこと」。

「2」の意味に近いです)

今、森信三さんの「修身教授録」を就寝前に

1章ずつ読んでおり、昨日の題が

「生命の愛惜」でした。

この「愛惜(あいせき)という言葉に、

関心を持ちました。

「真に自分の生命を愛惜する」とは、

自分の命を大切にする、ということ。

守る、という意味ではなく

「無駄遣いせず意味あることに使う」

という意味です。

講義が行われた昭和10年代でも

「無数の人々の生死をみていながら、

しかもそれをわが身の上に思い返さないから」

とあるように、

若い人が自分の生命を「愛惜」

していない場合が多く、

一生を懸けて何かを行うことを見つけること。

今となっては本当に早いほうが良く、

「今日は最良の一日、今は無二の好機」

のような、気づいたときがまさしくその時です。

自分の生活を振り返っても

できていないことが多く、

非常に反省させられる機会を

毎日頂いています。

気づいたときが、その時。

できてなくても、またやり直す。

一瞬一瞬を大切に。

頑張っていきます!

今日は「愛惜ということ」についてのお話でした。

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